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本棚もの語り

本棚にみっちり詰まった漫画を端から端まで語り尽くすブログ

本棚A - 3列目(1/2):妄想の欠片で紡がれたガラス細工のような寓話集「ヴァンデミエールの翼」

天井側から3列目です。

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ひとつの記事が長すぎるとのコメントがありましたので、半分ずつ語っていくことにします。今回の記事では、中央よりやや左寄りにある「白紙魚取扱店美鬚堂」までが対象です。

シュレディンガーの哲学する猫」(漫画)新崎 三幸(原著)竹内 薫・竹内 さなみ(全1巻)

シュレディンガーの哲学する猫 シュレ猫とコトハ

シュレディンガーの哲学する猫 シュレ猫とコトハ

シュレディンガーの猫」といえば少々オタクを嗜んだ(?)人ならばほぼ誰でもたどり着く著名な思考実験であり、多くの娯楽作品、あるいは同人誌に登場する概念であるかと思いますが、とか書くと私の観測範囲が偏りすぎているだけのような気がしないでもないですが、ともかく哲学とオタクは相性がよいものです。本書「シュレディンガーの哲学する猫」は、主人公である高校生の少女に、「シュレディンガーの猫」そのものを擬人化した美少年が狂言回しとして哲学世界を解説する、なかば教材、実用書のような漫画です。というより、娯楽よりの実用書のコミカライズ作品といったほうが適切かもしれません。こちらが本書の原作。

シュレディンガーの哲学する猫 (中公文庫)

シュレディンガーの哲学する猫 (中公文庫)

擬人化された「シュレディンガーの猫」、略して「シュレ猫」くんが解説する哲学者は、みんな大好きウィトゲンシュタインを皮切りに、サルトルニーチェレイチェル・カーソンサン=テグジュペリ。後半はいわゆる「哲学者」というよりは小説家よりなような気もしますが、文学と哲学と物理学はそれぞれ少しずつ重なるものでありましょうし、過去の偉人たちの「思考」を紐解くというコンセプトにはきちんと沿っています。

哲学の入門書が多く存在するなかで、本書はもしかすると「正確さ」には欠けるかもしれません。漫画ですから使える文字数にも限りがあるわけで、哲学を解説するにあたってこの文字数制限は明らかに不利でしょう。とはいえ、哲学というクソややこしい学問へ誘う「撒き餌」的なものとしては、これ以上なく適した作品であろうと思います。

なによりシュレ猫が美しい。ぱっつん前髪に猫耳、いかにも哲学を語る者らしい不遜な態度、しましまのしっぽ。大きな切れ長の目。どんな学問だって、こんな美少年に教わったらたちまちハマってしまうのではないか。シュレ猫のキャラクター、大勝利。

でもシュレ猫はいずれいなくなる、半分死んでいるから、いつまでもシュレ猫の世界にはいられないし、シュレ猫にすべてを教わるわけにはいかないのです。ここで撒き餌をたらふく食わせてもらった萌え豚たる我々は、次の世界、哲学の本流に今度こそ自分ひとりで挑戦せねばならない。(もちろん挑戦しないという自由もあります)

なお私は哲学という学問が好きというよりは、哲学者の放つ本質的な言葉、意味を理解できるか否かに関わらずその「異常に力強い言葉」がまるで必殺技みたいで好きで、ペンは剣よりも強しというか、ペン先でぶっ刺すみたいな破壊力に憧れがあり、シュレ猫はその自分の根源的な「好き」をいつでも思い出させてくれるので、いつまでも手もとに置いておきたい一冊です。

「黒髪のヘルガ」朔 ユキ蔵(全1巻)

黒髪のヘルガ

黒髪のヘルガ

今は長期休刊中の「マンガ・エロティクス・エフ」に連載されていた作品です。

主人公はヘルガという名の少女。彼女はどういうわけか街の人々から忌み嫌われています。なぜならヘルガは「時期外れ」だから。ただ「時期外れ」がどういう意味なのか、ヘルガが何をしてそう呼ばれるようになったのか、作中で明確に語られるわけではありません。読みながら分かるのは、ヘルガが異質な存在であることが街の人々のあいだの共通認識であることだけです。

また、この世界の創造主が「少女」であることも、人々の共通認識です。「少女」は西洋の神のようなものであると同時に、どうやら物理的な存在でもあるようです。そして、この「少女」の支配する世界には、「性」が欠けています。街の人々の「性」にまつわる記憶、衝動はすべて、「少女」によって消去されているからです。彼らが「忘れている」ことに気づいているのは主人公ヘルガと、「少女」にもっとも近い存在であるかのように扱われる街の「市長」のみ。

いわゆるひとつのファンタジー作品で、特有の呼び名、概念、固有名詞がそこかしこに散りばめられているため、海外の古い児童文学を読んでいるような味わいがあります。ヘルガは「時期外れ」、市長の二人の側近は「我が手」と「我が罪」。創造主は「少女」。それぞれ呼び名には由来があるようですが、やはり明確な解説はありません。言葉はあまりよくありませんが、雰囲気というやつです。でも、雰囲気だからといってふわふわしているわけではない、胸を突くような表現も多いです。

「少女」のモノローグのなかに、こういう美しくも病んでいる一節があります。

花が咲くように
人も生まれたら
いいのに

もちろん生物は花のようにはできていませんし、花もただ咲いているわけじゃなく繁殖はしますから、これは単に「少女」の潔癖な妄想なのですが、でも実際に少女たちは、成長の過程でこれと似た思いを抱くことがあるのかもしれません。「少女」は少女であり、少女の妄想にふりまわされる箱庭のような世界がもしあったのなら、その世界の住人は本書の登場人物たちのようであるかもしれない。すべてが曖昧で、観念的で、結末に至る流れもご都合主義的ではあると思うのですが、その一方で、抽象画をじっと見ているうちに浮かび上がってくる模様があると気づくような、この作品にしかないなんとも魅力的な味わいがあるのです。と、私は思います。

絵柄も美しいですね。美形がちゃんと美しい、といった感じの絵柄でしょうか。伝わる自信がない……レディコミまではいかないけどやや年齢層高め向けの少女漫画っぽい絵柄です。どのキャラクターも目に力がある。目をめっちゃ見てしまう。表情のすべてが目に詰まっていて、作中のキャラと目が合うとちょっと恥ずかしくなるくらいです。

人におすすめしたい漫画というよりは、昔好きだった児童文学のように、本棚の片隅にいつも眠っている、その状態が作中の世界観ともリンクしていておもしろいような、私にとってはそういう作品です。

さて、作者の朔ユキ蔵というと、昔は成人向け雑誌のイメージがあったのですが(というか、この「黒髪のヘルガ」も、絵だけ見るとアダルト漫画的な部分はままあるのですが)、最近はBLっぽい(と言われることもある)作品もあり、今後どんどんBL方面っぽい作品が出てくるといいなと、いち読者として応援しまくる所存です。

また、この作品の連載誌であった太田出版マンガ・エロティクス・エフ」にも触れておきたいというか、私この雑誌がすごく好きで、2006年ごろは毎号買って読んでいました。スーパーバイザーの山本直樹も好きだし……いやほんと思い入れのある雑誌で、今となっては作品がアニメ映画化されたりもする中村明日美子のデビュー作から「これはヤバイ漫画家が出てきた」と思ったし、オノ・ナツメの「リストランテ・パラディーゾ」とか、古屋兎丸の「ライチ☆光クラブ」とか、今後の本棚紹介に登場する沙村広明の「ブラッドハーレーの馬車」とか、もうほんとすごい作品が目白押しで、毎号すごく楽しみにしていました。当時は太田出版から刊行されているというだけで買った漫画もいくつかあるほどです。

あまり漫画を読まない方にはぴんとこないかもしれませんが、単行本になる漫画作品は、描き下ろしを除くと、雑誌媒体に掲載されたものが一冊にまとまるという流れで世に出ます。ということは、一番フレッシュな(?)状態の作品を知るには、漫画雑誌をチェックするのがいいです。もし「好きな作品が多い」漫画雑誌を見つけたとしたら最高で、それはその編集部に、自分と好みの合う編集担当さんがいるということ、つまり今後も「好きな作品」が多く連載される可能性が高いというわけです。

そんな感じで、「次に何読もう」となったとき、好きな作品が多い雑誌を見つけると、いろいろ捗ることがありますよという解説でした。私にとっては「マンガ・エロティクス・エフ」や、「月刊IKKI」がそれでした。2016年4月現在、それ以上の漫画雑誌にはまだ出会えていません。

「よるくも」漆原 ミチ(全5巻)

よるくも 1 (IKKI COMIX)

よるくも 1 (IKKI COMIX)

はい、前述しました雑誌「月刊IKKI」に連載されていた作品です。これもすごく好きな作品。

「よるくも」はコードネームで、「よるくも」と呼ばれる少年、いや青年かな、しっかりした体格のイケメンがいて、それが「よるくも」で、読み書きもほとんどできないし言葉がかろうじて通じるだけ、放っておくとゆで卵をむかずに殻ごと食べてしまう、幼児のような「よるくも」、しかし凄腕の暗殺者です。「よるくも」の飼い主は中田、見た目はおじさんのようですが実はまだ若い、いかにも腹に一物ありそうな男。彼らと出会う主人公は女の子、タカオカキヨコといって、母親とふたり下町の定食屋を切り盛りする元気な娘です。

と書くと、わりとよくある暗殺者と女の子が仲良くなる系のボーイミーツガールかな、と思うじゃないですか、いやそんなわけない、そんな漫画だったら私が好きになるわけないので、そういう漫画ではまったくないです。上の紹介にも便宜上「下町の」定食屋と書きましたが、正確には違う、世界設定はよく分かりませんが、とにかく主人公たちが住んでいる地域には格差があり、上流階級の人々が住む近代的な「街」、主人公のキヨコらが住むまあまあ普通のごちゃっとした下町っぽいのが「畑」、「街」から搾取され「畑」からも蔑まれる無法地帯が「森」と呼ばれる暗黒街。「森」はなんでもありで、人はゴミのように捨てられるし子どもは当たり前に売り買いされる、豚のミンチ肉だよなんて言って売られている肉もなんの肉か分かったもんじゃない、そういう世界なわけです。

さて、中田やよるくもは「森」の人間、でも「森」内部にも勢力争いがあり、中田は小さなクーデターを起こそうとしています。というか、クーデターだけじゃなく、中田にはいろいろと達成したい目標があり、そのために必要な「役者」として選ばれるのがキヨコ、中田はどんどんキヨコを追い詰めて、よるくもは何が起きているのか分からない、キヨコは中田の策略のまま堕ちていく、そしてそれだけでは終わらない。

ストーリーは二転三転し、なかなか予想外のところに着地します。どうなるかは実際に読んで楽しんで頂きたいですが、結末にはあまり意味がないようにも思いました。とにかく作者が自分で構築した世界観に全力で浸り、そこからなにかを伝えようともがく熱量が、この作品の背後にずっとじわじわ滲み出している感じがするところが私は好きです。

設定が設定なので、グロは多くあります。視覚的なグロもありますし、精神的にぞわっとするシーンも多い。ただ、怖い、という感じではないです。みんな必死だからでしょうか、作者の手腕かもしれない、もっとおどろおどろしく描くタイプの人だったら、ありきたりのホラーになっちゃったかもしれないですが、漆原ミチはそうは描かない。怖さより、濃密さ、手触りとか、さっき「熱量」と書きましたが、まさにそれで、どんなシーンにも「熱」を感じるような気がします。

キャラクターの作り方にも特徴があり、一部のキャラクターはいかにも漫画キャラという感じで(おそらくストーリーの着地を優先したためでしょう、序盤のあの広げ方で5巻完結にしようと思うとキャラの設定はある程度犠牲になるはず)、行動も作者の意のままに操られているような感じがしてしまうのは確かなのですが、それでもキャラクターが「生きてる」と思えるシーンがいくつもある、必死でやればやるほど滑稽に見えてしまうのとか、実際生きてる人間ってそうですよね、なんでか分からないけど、必死さって一定のラインまでは滑稽で、そこを超えると感動を呼んで、最終的には凄惨なことになる、その「生きてるライン」みたいなのがちゃんとあるので、全部が作り物みたいないやな感じはありません。漫画の世界の住人としてみんな生きている。

また、この作品のテーマのひとつには「食べる」というのがおそらくあり、食べるシーンがすごく多いのですが、よるくもとキヨコがゆで卵を食べさせ合うシーンがやたらエロくて(エロいのはおもによるくもですが)、エロいのはいいことです。

勘のいい方はお気づきかと思いますが、要するに私、よるくものビジュアルが好きなんですね。好きな顔だからしょうがない、いや、好きな顔というか、とある小説に出てくる好きなキャラクターを漫画にしたらこんな顔かなみたいなののひとつの理想形がよるくもで、ここまで言うとお前何言ってんだってなりますけど、上の感想はちゃんと真面目に書いていますし、ほんとちゃんと作品としても好きです。

完全に蛇足ですが、私は「食べる」ことにあまり執着がないというか、逆執着っぽい、なぜ食べないと死ぬのかクソ、と日々思っているタイプのクズなので、「食べる」が神々しく描かれているとつらくなりますが、漫画を読んで心が動かされるのが好きなので、自ら積極的につらくなっていきたいと思います。

「千の月」榧世 シキ(全1巻)

千の月 (IDコミックススペシャル ZERO-SUMコミックス)

千の月 (IDコミックススペシャル ZERO-SUMコミックス)

これはただただ世界観が好きで、いや世界観だけじゃないですね、どう言えばいいのかな……花とゆめコミックスにありそうな感じのモノローグも好きというか、とにかく私の好みの話になってしまう、まとめると私好みの漫画です。(説明になってない)

ストーリーを簡単に解説すると、「中央統治局特別捜査部」に所属する少年というか青年ふたりが、ちょっとミステリーっぽい難事件を解決すべくいろいろする連作集といったところ。顔に蝶のかたちのアザがある少女や、そのアザを皮膚に定着させる危険な薬品、片目に眼帯をしている少年、蝋人形の館、死者復活の伝説、歌を探す少年、人体の標本など、さまざまな魅力たっぷりの小道具が出てきて、どれも私の好みど真ん中で、安心して読めます。私の感覚だけで言ってしまうと、長野まゆみっぽいと言えばいいのか、分かる人には分かりそうな好みの話。

なお、青年ふたりの話がメインではあるのですが、オマケというか、最後に短編が一本入っていて、その話も本編とは違った感じで私の好みで、どういうことかというと「古い少女漫画にしばしば見られる物悲しいSF」です。環境破壊が進み、死に絶えつつある世界で、少年は真実を知る、そういう話。

私と嗜好が似ている方ならば、すみずみまで楽しく読める作品だと思います。

「殻都市の夢」鬼頭 莫宏(全1巻)

殻都市の夢 (F×comics)

殻都市の夢 (F×comics)

あ~これ、これはもう、好きすぎて解説書きたくないレベル、いや私、かなり初期から鬼頭莫宏ファンなんですよね、うっかり鬼頭莫宏を語り始めるとまったく止まらない感じになるし、ちょっとしか語れないくらいなら沈黙したい、なかでも一番好きなのはこの次に紹介する「ヴァンデミエールの翼」ですが、この「殻都市の夢」は暫定二位です。超好き。

ストーリーとしては、とある未来都市のようなところで、その都市の治安を守るために奔走する男管理官と女管理官が、さまざまな事件に巻き込まれる話、ですが、そのひとつひとつの事件がどれも本当に物悲しい、硬派な感じのSF。レイ・ブラッドベリが好きな人は好きなんじゃないかなとか、そんな感じです。また、一応は連作というか、どの話も繋がっているのですが、最後の最後に、さらに大きな視点へと繋がっていく、1冊の書籍としての構成も見事です。冷静さがある、理性的、でも感傷的。SFらしいSFですね。

事件の切り口もそれぞれ鮮やか。たとえば冒頭、こんなモノローグから始まります。

私が
殺されているんです

「助けてください」

その電話の一時間後
女は私の前にいた

文学作品もびっくりの文学性、地の文や会話のリズム感もまた最高です。

最後まで一通り読んだあとは、また最初から読みたくなります。たった1冊、それぞれの作品はさらに短いですが、短くて完成度が非常に高いので、額におさまった一枚の絵画を見たときのような、額縁を通して頭のなかに絵の世界がざわわーっと広がっていく感じ、何度も読み返しているし、読み返すたびにしみじみした気分になる大好きな1冊。

鬼頭莫宏を読んだことがない人にすすめるなら、まずこれかな、と思うのが本書です。

ヴァンデミエールの翼」鬼頭 莫宏(全2巻)

ヴァンデミエールの翼(1) (アフタヌーンKC)

ヴァンデミエールの翼(1) (アフタヌーンKC)

ヴァンデミエールの翼(2) <完> (アフタヌーンKC)

ヴァンデミエールの翼(2) <完> (アフタヌーンKC)

巻末を見ると初版が1997年だったので、もうずいぶん古いですね。二十年近く前なのか……初めて読んだときからこれはきっと生涯にわたって好きな作品になるだろう、と予想し、予想通り今もなお好きで何回も読み返しています。鬼頭莫宏のなかではかなり初期にあたる作品、「なるたる」より前です。そして私がもっとも好きな鬼頭莫宏作品。

話の内容としては、翼のはえた少女の形をした機械人形「ヴァンデミエール」にまつわる短編集、といったところでしょうか。ただ「ヴァンデミエール」は一体だけではなく、いくつか存在するようなので、少女の名前というよりは機種名のようなもの。翼が白い子もいれば黒っぽい子もいるし、体格や髪型、服装、材質もバラバラです。その人形たちがどのようにして動いているのか詳細は一切明かされませんが、彼女らは「自律胴人形」であるとされ、みな人形であるにも関わらず決まってひとつの人格のようなものを有しています。なぜかどの少女人形も、創造主や飼い主から逃れたがっている。自由になりたい、と思っている。

彼女らはおもに移動サーカスの演目として「生かされて」いますが、移動サーカスの向かう先々で同じ年ごろの(人形に年齢はないとはいえ、同じ背格好の)少年少女と出会い、彼らの人生を少しずつ波立たせていきます。彼女らの身代わりのように死ぬ少年、片腕を失う少年、生き返る少女、さまざまです。共通しているのは、彼女らが必ずしも人間を安直な「幸せ」には導かないこと。ヴァンデミエールは与える者であると同時に、奪う者でもある。天使でも悪魔でもない、天使の「まがい物」、人間の「まがい物」、彼女らは自分たちを指してそう言います。

また、この作品の特徴のひとつとして、飛行船や飛行機が多く出てくる、というのがあります。ヴァンデミエールが「翼」を持っている「まがい物」なので、対照的に、「本物の機械」である飛行機が登場しているようにも思われます。ほんのちょっぴりスチームパンク的というか、舞台背景が一応19世紀のヨーロッパとされているので、そのような世界観が好きな方にはこたえられない視覚刺激が多い作品だと思います。ジブリで言うとラピュタ的な。ちなみに私は飛行機が好きなのでドンピシャです。

さらに、通常だと使われないような難解な単語が使われている。「颶風(ぐふう)」とか。ルビなしだと読める自信がないし意味も分かりませんが、これ哲学のところで触れた「言葉の破壊力」と同じで、難解な言葉は強そうでかっこいい。なので、繊細な描線によって紡ぎだされる少女たちのはかなげな様子と、その強そうでかっこいい言葉との対比がまたたまらないのです。なお一箇所だけ「すべからく」の用法が誤っていて、ほかの作者がそういう誤用をしていたらまず脳内につっかかりが生まれると思うのですが、鬼頭莫宏ならなんでもいいです、間違っててもかっこいいのでいいです。

という、基本全部べた褒めですが、どう表現するのが最適解なのかちょっと分からないので思い切って超ざっくり言いますが、全体的にどことなく「男性向けっぽい」話ではあるので、そういったものが苦手で、感傷とかクソ食らえだ金をよこせ、と言いたくなる素直な方にはあまりピンとこない作品かもしれません。

これだけ好きだ好きだ言ってる作品に敢えてケチをつけてみせるのはなんでかというと、私がツンデレとかそういうことではなく、好きすぎるので、ちょっとでも「嫌いになるかもしれない」要素のある方にはもはや触れてほしくないくらいなんですね、もちろん鬼頭莫宏が大好きなので、どんどん売れてほしいですし、なんなら勘違いでもいいのでどんどん買われてほしい、だから全力で宣伝したいですけど、それで誰かれ構わずおすすめして嫌われたくはないんです、ネガティブな感想をあまり見たくない、なぜなら私はこれが好きだから。盲目上等、好きになるのに理由はないけれど、嫌いになるといくらでも理由を探してくるのが人間、ときには嫌いなもののほうが語りやすくさえある、だから、だからこそ、この作品は絶対にそういう変なネガキャンには巻き込まれてほしくないし、心の神棚に死ぬまで美しく飾っておきたい。そんなわけで、ちょっとでも嫌いになりそうな人は読まないでほしいとさえ思うので、敢えてケチをつけました。

以降も私が「こういう人は読まないほうがいいかも」と書く場合は、同じ理由からそう書いているのだと思ってください。好きな作品であればあるほどこれをやらかすと思います。

正直この記事を書くにあたって、ヴァンデミエールが自分のなかで神作品すぎたため、どこからどう表現したものか迷いに迷い、時間がかかりまくりました。具体的には、この部分だけで一週間くらい迷いました。

書き始める前までは、好きな作品を語るんだから語ってるあいだじゅうハッピーな気分になるだろうなと思っていたのですが甘かったです。好きすぎる作品を語ることは苦行でした。好きすぎるからこそ誤解されたくないし。

よくよく考えたら愛の告白なんか常に苦行だから、まあ、合ってますね。心に負荷をかける精神的筋トレということで、つまりヴァンデミエール愛してる。

鬼頭莫宏短編集 残暑」鬼頭 莫宏(全1巻)

鬼頭莫宏短編集 残暑 (IKKI COMICS)

鬼頭莫宏短編集 残暑 (IKKI COMICS)

鬼頭莫宏はこれが最後、短編集「残暑」です。「ぼくらの(1) (IKKI COMIX)」も「なるたる(1) (アフタヌーンコミックス)」も読んでいるし大好きですし、「終わりと始まりのマイルス1 (Fx COMICS)」はエロティクス・エフ本誌でも読んでましたし、「なにかもちがってますか(1) (アフタヌーンコミックス)」「のりりん(1) (イブニングコミックス)」も読んでますが、本当に残念なことに、本棚という物理空間には限りがあります。そのため、常に手もとにあるのは「残暑」までの4冊にとどまります。悲しい。

というか余談ですが、「ぼくらの」はアニメ版より原作が圧倒的に好きでした。なぜなら、子どもたちがひどい目にあう話のように見えて、まわりの大人もきっちり責任を全うしている、そこまでの流れが描かれていることで、少年少女ヒーローものにありがちな「子どもだけの(ある意味では幼稚な)閉じた世界」から一歩脱していて、子どもを差別することなく、同じ人間としてフラットに扱うような視点がある、という点が、本当に見事だと思ったからです。全然違う話ですが、「鋼の錬金術師」(荒川弘)にも同じ要素があって、大人と子どもには単に年齢に差がある、という以上の差別・区別が行われないところが素晴らしい。

はい、余談はアンインストールしまして、この「残暑」は、最古の作品が1987年初出、最新が2004年初出と、鬼頭莫宏の絵柄がずいぶん変化していった時期のものなので、まさに「短編」集、どれもまったくおもむきの違う、絵柄も話の流れもバラバラの作品が詰まっています。とはいえ、初期の2作品はどちらも幽霊ものだし、思い出のなかの少女が大人になり、同じく大人なった自分の前に現れる、的な話も2作品ありますし、どれもどこか似ているといえば似ているかもしれません。

なお、鬼頭莫宏作品はだいたいなんでも読めるしタブーがないほうなのですが、2002年の短編「よごれたきれいな」だけは女性の立場からちょっとリアリティがなさすぎますよと苦言を呈しておきたくもあります。「血のついたハンカチ」、そういうことだろうな、とみんな思うと思うし、ちょっとなにか神話的な、なんともいえない女性崇拝っぽいものがあり、普通にちょっと気持ち悪い話だと(※これ貶してないですよ、私の使う「気持ち悪い」はほぼ褒め言葉です)思いますが、血が出ている状態で血を拭いたと見られるハンカチを手に持っているのはめちゃくちゃ違和感がある、血はちょっと拭いたからといって止まらないので、鼻血が出たとき鼻にティッシュをつめ込む要領で「おさえて」おく使い方をすると思う、過去に「おさえて」おいたものなら、今現在はどうやって血を止めているのか、という問題があるし、今現在「おさえて」いたものを下着のなかから取り出したわけでもあるまい、だとすると、そういう意味での「血」を表現するには不自然すぎて、せっかくの流れが違和感で止まってしまう。あのハンカチの描写はどうしても納得がいかないのでもったいないなと思うばかりです。というか、別の解釈があれば聞いてみたいものですが、インターネットをちょっと探した限りでは見つかりませんでした。ふわっとああ女の子の血だなって理解するくらいがきっとちょうどいいのでしょう。いや、いーや、これだけは納得いかないですけどー!

このようにジタバタしつつも、基本的には好きで、一番好きなのは「パパの歌」です。私は家族が好きではありませんが、こういう家族像も描写できるという鬼頭莫宏の引き出しの広がりに尊敬と憧れを感じました。

もし今後宝くじが当たるなどして大金持ちになったら、本棚の一部は鬼頭莫宏で埋め尽くしたいと思っています、今はこれが精いっぱい、はい、そういうことでした。

「白紙魚取扱店 美鬚堂」二星 天(全1巻)

白紙魚取扱店美鬚堂 (ゼロコミックス)

白紙魚取扱店美鬚堂 (ゼロコミックス)

難しい漢字のタイトル、「はくしうおとりあつかいてん びぜんどう」と読みます。物語の舞台は明治後期の日本のどこか。薬品及び毒素に応じて体表に模様が浮き出る「白紙魚」と呼ばれる謎の白い魚を取り巻く人々のお話。主人公は殊文(ことふみ)という名の十四歳の少年で、虫や魚、生き物の観察がなにより好きな彼は、白紙魚に魅せられ、日々観察をつづけています。さらに、この白紙魚を親の形見として大事にしている少女と、白紙魚のような「珍しいもの」を専門に取り扱う商店「美鬚堂」の店主がレギュラーキャラ、ときどき店にやってくる「くもり先生」なる画家(もどき)がゲストキャラといった感じで、少し切ない日常系の短編2本がおさめられています。

いや、読み返して驚いたんですけど、「薬品に反応する魚」をめぐる物語という非常におもしろい設定で、キャラクターにもそれぞれ特徴があって飽きずに読める、にも関わらず、短編2本、たった2本しかないのが本当にもったいない。このノリでせめて5冊くらいは読みたかったところです。でも、これだけ短いからこそ貴重というか、逆に蒐集欲を駆り立てられるため決して手放すことができない作品です。

短編2本のほか、同人誌サイズといいますか、本編よりひとまわり小さいサイズで描かれている同じ設定且つ日常系の1~2ページ漫画もなんだかかわいくてほんわかします。私の本棚にある珍しい「かわいい系」ではないかと。そして、若干ですが店主とくもり先生の仲について「そういう仲」なんではないかと思って見ると大変ほほえましい、腐女子的な観点でも楽しめる作品ではないかと思います。

というか、これ出版元がリブレ出版(ゼロコミックス)なので、腐女子的に満足するのはまあ当たり前といえば当たり前。なお、いくつか上で紹介した「千の月」は一迅社コミックZERO-SUMゼロサムで、ゼロコミックスとは違うのですがほんのり腐女子というか、オタク女子を意識した連載が多く、偶然だろうけど似てるなーと思った覚えがあります。ゼロサムは比較的「今どきのキレイな絵」の作品が多い印象。少し前にアニメ化された「カーニヴァル」あたりが代表的かなと思います。って話が逸れている。

なんかこういうテイストの漫画がもっと増えるといいなーと思いつつ生きています。こういうテイストというのは、「蟲師(1) (アフタヌーンコミックス)」(漆原友紀)の明るい版というか、伯爵カインシリーズ(伯爵カイン 第1巻 (白泉社文庫 ゆ 1-11))のライトな日本版というか、方向性としては「艶漢 (アデカン) (1) (ウィングス・コミックス)」(尚月地)もちょっと近いですね、実在のでも想像上のでもいいので毒や不思議な病気が出てきて、ミステリー仕立てで、解決したりしなかったり悲しかったりほんわかしてたりする系。増えてほしいなあ……。

私がもしなんでも好きに雑誌を作っていいって言われたら、グロ・エロ・ナンセンスギャグ・毒・BLの5本柱にすると思います。建ったそばから崩れそうというか、普通は3本集まったら折れなくなるのに5本集まって即自滅せんばかりのいい趣味だと自分でも思います。